オルタナティブスペースで子育て出来るのか

これまでに何度か触れたことがあるように、僕は共同運営実験スペースりべるたんという結構あやしくて危険な場所で生活している。

東池袋の一軒家をみんなでシェア。「自主生存」「異文化交流」「文化発信」を理念に活動中。

東池袋の一軒家をみんなでシェア。「自主生存」「異文化交流」「文化発信」を理念に活動中。

この空間が何なのかと言うと、過労死するほどの労働をして雀の涙ほどのお金しかもらえないであるといった世の中の理不尽・不条理に対する違和感や怒りを集約する場所、はたまた「将来が不安だ」「何となく寂しい」といったアンニュイな感情を拾い上げる場所、あるいは「世の中をもっとおもしろくしたい」「社会を変革したい」といった熱い思いを爆発させる場所である(多分)。

こういう風に書くと、りべるたんの怪しさがさらに強まりそうだが、年がら年中・朝から晩まで狂気に満ちた感情が爆発しているわけではない。多くの時間は、普通にご飯を食べたり、お風呂に入ったり、テレビを見たりという日常生活が営まれている。例えば、昨日僕は半日かけて、台所の模様替えをして、その後に皆で鍋を囲んだ。
要は基本的には普通のシェアハウス同様にみんなで楽しく生活しつつ、その上で根底には上に記したような意識や視野を含んだ場所である(多分)。

 

僕らはこの場所を「画期的だ」「革命の砦だ」「ノーベル平和賞だ」と、まるでとんでもない大発明をしたかのように思うときがあるが、恐らくはそんなことは全くない。
今、僕たちがやっていることと同じようなことは、長い歴史の中で多くの先人たちも手を変え、品を変え、試んできている。その歴史のなかにはスペースの消滅・試み自体の頓挫など、多くの失敗も含まれる。ぶっちゃけ言うと、非正規職の増加など生きにくいと言われる現代においても、その道を選択した方が、こと生存という観点のみなら安全な可能性も高いのではないかと思う。そのくらいにはリスキーな試みではある。

では、現状においてどうすれば僕たちのような試みの成功可能性をあげられるのか。

僕は、それは人間の再生産にかかっていると思う。
人間の再生産というと、非常に無機質に聞こえてしまうが、要はこの空間内で安心してセックスできるか、子育てできるか、家庭(あるいは家庭のようなもの)をつくれるか、ということになる。

僕たちはまだ若いから、オルタナティブスペースやシェアスペースで青春を謳歌できる。しかし、10年後、20年後に、同じような空間のままだったら? あまり明るい未来は築けないのではないかと思う。家庭を持った人は離れていき、社会で生きられる人は「もう若くない」とかいって賃金労働に身をささげる。人の大流出が始まる可能性が高い。理念や目的があるのに、そこに野心や行動力のある人がいなくなったら、それは結構寂しいことだ。

この問題の大部分を解決する方法のひとつが、子育て・家庭の安心の担保になるであろうと思う。価値観の多様化とか、晩婚化とか、生涯未婚率の増加とかいろいろ言われるが、今でも多くの人の幸せは、子育て・家庭の安心にある。新たな価値観の創造でも、革命でも、あるいは現状維持でも、目的をどこに置くにしても、この問題を無視することは恐らく出来なくなってくる。

では、そのようなインフラや価値観をどのようにつくるのか。
このことは決して簡単なことではない。正直にいうと、今現在僕の中には「これが答えだ!」と確信を持てる回答はない。もちろんまだまだ時間はあるので、ゆっくり考えていくことは可能だ。しかし、時限爆弾のようにこの問題および関連する問題がいつか爆発する可能性があることは意識しなければならない。

 

以上、ここ半年くらいずっと頭を悩ませている問題でした。
一緒にお悩み共有できればと思います、もんもん(><)

菅谷圭祐 について

横浜の山の方でリサイクルショップやってます。不用品回収、ご相談ください。経営理念「遊ぶように働く。働くように遊ぶ」。畑はじめました、三十路はじまりました。連絡先 09075254766 sugayakeisuke@gmail.com
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