20代後半男子、人生の悩み ~いつまで夢を見れるのか~

最近同年代の同じようなことをしている人、よく言えば夢や目標を持って活動している人、悪く言えばフラフラしている人との話の中で、「今のような生活をいつまで続けるか」という話題が時折あがるようになった。

20代後半、周りは仕事でそれなりの経験を積んで、お金の蓄えもある。人によっては結婚までしている。方や我々と来たら、夢や社会変革や、さらには何かおもしろそうだからという理由で、定職につかず、お金になるのかならないのかわからないこと(大抵の場合はならない)のために、日々を費やしている。

20代後半は将来を微妙に考える微妙な時期だと思う。
段々と一つ一つの行動や決断が若気のいたりとか青春時代という、何となく社会から許される範囲において回収できなくなってきている。

かくいう僕も最近親族から「いつまでフラフラしているのか」「青森に戻ってこい」「真面目に働け」「金を返せ」という追求を受け、シビアな気持ちと申し訳ない気持ちを十分に味わっている。

 

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こんなシビアな悩みを持つこともなかった遥か14年ほど前、中学校一年生のときに僕は人生で初めて一線を超える行動に出た。今思えば、それは今の生活につながる一番最初の経験となる行動だと思う。

僕の住んでいる地域は田舎の中の田舎、最寄りのコンビニまで車で行かないと辿りつけないというとんでもないド田舎だった。そして田舎にありがちなように小学校から中学校にはみんな同じ学校に進んだ。

しかし、人は全く変わらないのに、僕たちが愛し、小学校時代に放課後と休日の多くの時間を費やしていたサッカー部が中学校にはなかった。

当時コーチから「今まで見てきた中で2番目にキーパーが上手い」(なぜか僕はいつも一番になれない)と言われるほどにサッカーを心の底から愛していた僕は、サッカーができないという事実に上手く対応することができず、中学生なりにとても苦しんだ。昼休みには、野球部も陸上部もみんなサッカーをしていたのに、放課後には野球か陸上のどちらかに従事しなければならなかった。僕も陸上部として、毎日10キロ以上走りこむ生活が始まった。全くわけがわからなかった。

僕たちは、この現実に悩み苦しみ、そして闘うことにした。今思うと人生における初めての決起である。

 

この時、僕および友人たちは、二つの行動を取った。

一つ目が「サッカー部をつくってほしい」という署名を集め、校長室へアポなしゲリラ請願。
二つ目が僕ともう一人の友人は山を越えた先にあるサッカークラブに通うという田舎の閉鎖的な中学校において異例の行動に出た。

この思春期の甘酸っぱい思い出は話すとそれなりにネタになるし、みんなで校長室の扉を開けるときの高揚感は今でも忘れられないものがあるのだが、結論を言うと僕たちの行動はどちらも上手く行かなかった。

直談判は「時期を改めて再度来て欲しい」と言われ、翌年お願いに行ったところ「サッカー部なんてできるはずないだろ」と一蹴された。サッカークラブの方も、他の人と異質な行動を取り続けるということに思春期の僕の心は耐えられず、程なくして辞めた。

この経験から「大人ってなんて汚いんだろう」という今でも忘れられない感情を抱き、また敗北と挫折のショックから相当な負荷を長い期間受けた(今となっては笑い話であるが、僕は中学生の一定期間を一人で寝ることができなくなり、母に一緒に寝てもらっていた)。

 

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昔話が長くなったが、このとき及びそれ以降の一線を越える・闘うという経験によって、僕はそれが「自分自身を大きく損なうこと」「それまであった関係性が崩れ去ること」、この二つの可能性が高いことを学んだ。だからこそ多くの人が耐え難い苦痛があっても仕事をやめたり、「○○したい」という強い憧れがあっても、それを簡単には実行に移さず平穏な生活を維持しているのだと思う。多くの人は生活の中でそういった判断を当たり前にやっているのだと思うが、僕は鈍感なのでこの辺のことは自分で経験してみて、実際に傷ついてみないと学べない。

 

話を最初の20代後半ズの「これからどう生きるか」という話題に戻すと、この話題の根源には、これ以上いくことが、今よりも一線を越えること・今よりも闘うことになり、そしてそれが自分自身と関係性を大きく損なう可能性が高いように見えることに起因するのではないかと思う。要はあまり割りのいい勝負が残っていないように見えるのだ。これ以上やると致命的に挽回不可能なほどに自己を損ない、自分の大事な関係性がボロボロのズタズタになってしまうという予感があるのではないかと思う。

話を前向きにまとめると、この時間はシビアだけど、結構おもしろい。
いつまで夢を見れるのか、果たして我々はどこにいくのか、ということを考えつつ、不安定で楽しい日々を過ごすことができる。今後どうなるのかは全くわからないけれど、というかどうなるかわからないからこその素敵な時間がある。僕はこういった日々を大事に感謝して過ごしたいと思う。

最後に、一応個人的な所感のみを記すならば、僕は「今のような生活をいつまで続けるか」問題については、行けるところまで、やってみようと思っている。

以上、最近の考え事でしたてへぺろ(*^o^*)

※ 余談ですが、もうすぐ27回目の誕生日で6月21日に生誕祭やります。ご興味ある方ぜひぜひお越しくださいm(_ _)m
https://www.facebook.com/events/773663466025957/?notif_t=plan_user_joined

菅谷圭祐 について

菅谷です、三十路です。 連絡先 09075254766 sugayakeisuke@gmail.com
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