すがや、実家に帰る

8月上旬、ちょっとだけ夏休みをとって4年くらい前から行きたいと思っていた「PL花火大会」と2年くらい前から行きたいと思っていた「ねぶた祭り」に行ってきた。

PL花火芸術! PL教団の初代教祖・御木徳一氏が「自分が死んでもこの教えが世に広まるのであれば、死ぬことは世界平和のためになるから、死んだら嘆いたりせずに花火を打ち上げて祝ってくれ」と晩年に話していたことを契機に毎年盛大に開催される粋な花火大会。

PL花火芸術! PL教団の初代教祖・御木徳一氏が「自分が死んでもこの教えが世に広まるのであれば、死ぬことは世界平和のためになるから、死んだら嘆いたりせずに花火を打ち上げて祝ってくれ」と晩年に話していたことを契機に毎年盛大に開催される粋な花火大会。

花火の後に寄ったしろありのお墓

花火の後に寄ったしろありのお墓

これまたねぶたの後に寄ったスーパー。ぶなしめじ5円の驚きの安さ!

これまたねぶたの後に寄ったスーパー。ぶなしめじ5円の驚きの安さ! なおねぶたの写真は雨と楽しさで撮り忘れ(><)

 

と、楽しめなお話は2行くらいと写真3枚で終らせて、以降は夏休みの途中に青森の実家に立ち寄った話を中心に展開します笑。

 

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PL花火とねぶた祭りの途中に青森県の実家に帰った。
そもそも僕は生まれてから18年間育った青森県が結構苦手で、この土地に滞在するとその後しばらくの間、心の中に憂鬱を引きずることになる。東京に帰ってきて今日で3日目だけれども、今も心の中はわりとどんよりしている。

何と言っても、あの辺の土地の人は話題が暗い。
高校を卒業したら進路はどうするんだという話から始まり、大学に行ったと思ったら仕事は? その次は結婚は? 子供は? 老後は? 墓は? とまるで死ぬまでの真っ直ぐな階段を一歩ずつのぼっているかのような錯覚を覚えさせられる。そしてその階段から外れると、すぐに死ぬのではないかという恐怖を植えつけられる。そういった類の話題が展開されることが非常に多い。

さらに余談になるが、僕の育った町はただでさえ自殺率が高い青森県の中で群を抜いて自殺率が高い(という統計が過去にある→この辺を参照のこと。なお今はどうなっているのかはわからない)。そのためか、どんよりとした気温の低い梅雨の日のような日々が延々と続けられる。

青森を出てから付き合いの長さで確実に5番以内に入る大学同期で学生運動初の完全無罪判決という金字塔を打ち立てた豪快な増井君は「菅谷はせせこましい」「小官僚のようだ」と言うが、その辺りの僕の性格には18年間沁みこまれた青森のエキスが多分に影響を与えているのではないかと思う。

家の近くのグーグルマップ。田舎過ぎて当然ストリートビュー表示はされない。

家の近くのグーグルマップ。田舎過ぎて当然ストリートビュー表示はされない。

 

そんな青森県の実家に今回立ち寄ったのには、一つ大きな目的があった。
両親(今回は特に父)に今後の人生設計のプレゼンをしなければという、ここ数ヶ月やろうと思っていてなかなか出来ずにいた行動を実行に移したかった。

僕は小学校を卒業してから、人生で何か大きなことをやるときには出来る限り両親にプレゼンするようにしている。といっても「これは絶対納得してもらえないだろう」という場合は、行動した後にやっちゃった後にプレゼンするので、基本的に両親としては僕の人生設計に対しては了承する以外の選択肢はない。長い付き合いなので、その辺りは両親も理解しているらしいが、とにもかくにも今回は今後の人生設計について事前プレゼンをすることにした。

12歳から15年間、覚えているだけでも10回近くプレゼンをしている経験から、事前に僕の状態は大きく二つに分けられる。自信満々で上手くいくであろうという予測がある場合、自信がなく今後に不安の大きい場合の2パターンだ。

近しい人は知っているかもだけれど、僕の今の状態は後者に近い。
そのためか、プレゼンの結果、僕のわずかばかりの自尊心と将来への希望は、巧みな南部弁を操る父によってコテンパンのケチョンケチョンにやられてしまった。

粉々に粉砕された僕の将来設計であるが、これまでの10回近くの経験から必ずしも自信満々のときが上手くいくというわけではないこともわかっている。というか、意外に自信がないときの方が上手くいったり、ということもある。そのためどんなにボロボロにされようともその後は大体いつも通りで、深く深く海の底のように落ち込むということはまずない。ピシッと心を再生して今後も自分に出来ることを冷静に考えながら、少しずつ人生を進めていこうと思う。

 

 

そんなこんなで青森気分を引きずっていた昨日、東京のお家であるりべるたんは常連さんに、ご近所さんに、偶然遊びにきた人もいて、少しにぎわった。その中で掃除をしたり、畑を耕したり、誕生日ケーキを食べたり、突然のお出かけが始まったり、なんだかんだでただ酒・ただ飯が食べられたりと、りべるたんっぽい一日を過ごせて、東京に戻ってきた感じがした。

個人的にはこういった日常は、そんなにおかしいことではない当たり前のことだと思っている。
それでも青森まで、あるいはもっと近いところまででも、この日常や幸せのイメージは届いていない。というか僕からすると、青森ほどではないにしても大体の場所や空気は憂鬱の色の方がずっと濃い。

 

そう思うと、僕の、僕たちの、幸せや日常というのは非常に壊れやすい上に、難しい。憂鬱に飲み込まれてしまわないように、きちんと人生を闘わなければならないと思う。

菅谷圭祐 について

横浜の山の方でリサイクルショップやってます。不用品回収、ご相談ください。経営理念「遊ぶように働く。働くように遊ぶ」。畑はじめました、三十路はじまりました。連絡先 09075254766 sugayakeisuke@gmail.com
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