ファクトリー松山君と話したこと

現在、日本海続党さんのユーストにてオルタナティブスペース ファクトリー京都元代表の松山君との対談が超絶賛大好評で、全世界に向けて発信されている。

 


個人的には一番話せたのではないかと思う第三回!!

 

松山君と話したことは、「なんで松山君はファクトリーをやめたのか」ということが主眼で、10月5日現在全4回中3回が放送されており、ここまでの放送を見れば松山君がやめた理由の大方はわかってもらえるのではないかと思う(改めて放送を見ると、もっと掘り下げられた箇所が一杯あるなと反省してしまう)。

松山君がファクトリーをやめた理由、それは多分見る人によっては「そんなことでやめるのかよ」と口を尖らせるような理由かもしれない。しかし、松山君と話して以降、僕の中では松山君がファクトリーをやめたことと、その理由が心に刺のように残り時々思い出してしまう。

第三回の放送の中盤で、松山君はこう語っている。
「僕は基本的にリスクがあってストレスがあって社会的に評価されにくいのに、美しくないのは嫌なんですよ」

 

僕と松山君の美意識や運営についての考えでは違いがあることを重々承知した上で、この感覚はなんとなくわかる。

オルタナティブスペースというものは、人から理解されにくいし、お金にならないし(ときにはむしろお金が減っていくこともある)、常識的だと思われている仕事や生活からどんどん離れていくことになる。そこで運営の中枢を担っていると、「今自分は一体何のために活動しているのだろう」「誰のために何をやっているのだろう」と理解が追いつかなくなるときがある。ここからさらに、「この感情は恐らくは大多数の人には理解されないのだろう」とか思い始めると最悪の悪循環で、どんどん孤独に陥っていく。この寂しさ痛さは、ときに結構心を軋ませる。

そこでグググっと堪えられるかどうかを決定するのが、多くの場合は美意識であったり、理念への確信であったり、中長期的な視野での展望なのだと思う(他の人はどうかわからないが、少なくとも僕はそうだ)。お金というわかりやすい慰謝料もない、人からの承認も得られない中で、基本的な支えになるのは、心の中・頭の中からいつでも取り出すことが可能なこれらのものであることが多い。
余談になるが、敬愛している団塊の世代の活動家の方が「菅谷君、僕は今となっては大抵のことはニコニコしていられるけれど、30代40代は本当に本当に暗い時代だったんだよ」と重いトーンで話されたことがある。比べることは失礼かもしれないが、現在のオルタナティブスペースの葛藤と近しいところがあるのではないかと思ったりもする。こういった生活を10年、20年と続ければ何があってもニコニコ笑っていられる精神を手に出来るのかもしれない。

 

美意識や理念や展望は人が生きて何か活動する上で非常に重要なものだ、と僕は思う。しかし、とは言っても、そういったものがなくても失ってしまっても活動や共同体は維持することはできる。その場合に活動や共同体を維持する理由は心地よさを保つためであったり、あるいは別の生活を始めるための恐怖だったりする。

世の中にはそういった傾向が強い個人や組織も確かにある。
特に長く生きていたり、長く継続されている組織では多いような気がする。人も組織も、年をとると、一歩を踏み出すのが難しくなるのだと思う。夫婦、仕事、会社、各種団体、自分の周りを見ても「その先に何があるの」と思うような集団や生活を維持している人は少なくない。日本で見ても、数十年後は住む人がいないであろうにも関わらず止まることない高層マンションの建設なんかもその一種なのかもしれない。

だから、美意識の観点から松山君がやめたことは、人の生き方としては美しいのだと信じたい。同じ27歳で物思うことが多い年齢ではあるが、僕は僕でわけのわからない苦しさを抱きながら、もうちょっと頑張り続けたい。

菅谷圭祐 について

菅谷です、三十路です。 連絡先 09075254766 sugayakeisuke@gmail.com
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