選挙期間とまつりごと

選挙での活動を通じて非常に多くのことを思いました。ここではその中のひとつの選挙活動の可能性について記そうと思います。

一週間の選挙活動、街の景色は少しだけ変わります。

一週間の選挙活動、街の景色は少しだけ変わります。

 

一週間の選挙活動を実践して率直に思ったことは、「選挙活動っておもしろい!」ということでした。友人や・仲間たちと共に決められたエリアの中でまつりごとの一部になる、選挙カーがすれ違えば手を振って「○○候補の健闘をお祈りします」とエールを交換しあう。限定されたエリアでの一体感と高揚感があり、感覚としては大学時代の文化祭に近いものがありました。

しかし、選挙と文化祭では大きく違う点があります。
参加者の少なさと、参加者とその他の人の空気感の大きなギャップです。

大学の文化祭であれば、恐らく参加する学生は全体の3~4割ほどいるかと思います。また、参加しない学生も文化祭自体を毛嫌いはしません。しかし、選挙というものは投票率で見ても豊島区内の4割ほど、熱狂的に参加している人は1割にも満たないのではないかと思います。その他参加しない人の中には強い無関心・嫌悪感とポジティブでない態度の方が多くいます。

選挙活動が内在している熱量には、街をあげての大きな「まつりごと」の可能性が含まれると思います。しかし、現状はごくごく一部の熱狂と大多数の嫌悪・無関心と大きな隔たりがあります。

 

例えば、選挙活動においていくつかの事ができると思います。

ストリートライブの自由を訴えて駅前で一週間かけてライブを展開する、屋台の規制緩和を訴えて街中を屋台で練り歩く、劇場の使用料金値下げを訴えて各地で演劇して渡り歩く……、様々なことを選挙期間中に政治的に主張出来る可能性があります。

政治家でなくても、政党に所属していなくても、地域の中で「もっと街がこうなってくれればいいのに」と思う事はあると思います。僕は、選挙期間の一週間を使って、身近な困難・不安を政治的主張として街に響かせる人がもっといてもいいと思います。

そしてその結果として、選挙カーが延々と走っている選挙期間から、少しでも、少しずつでも、街の景色が変わっていけば、選挙に対する無関心・嫌悪感は変わって行くかもしれません。

 

しかし、選挙に関わったことがある人ならばわかるかもしれませんが、僕が上記に掲げたことを実現することは簡単なことではありません。実現するための困難が大きなものでも二つあるかと思います。

一つ目が、供託金の問題です。
区議会議員選挙でも、供託金として三十万円が必要です。この三十万円というお金は立候補するか否かを決定する際に大きくのしかかります。そもそもこのお金を準備するのが困難な人も多いはずです。そして、没収ラインを超えるかどうかわからないような闘いを展開するのは、さらに困難です。

二つ目が、大きく限定された広報物の問題です。
選挙期間中に文書として自分の政治的主張を展開できるものは、ほぼ選挙広報のみとなります。そしてこの選挙広報も与えられたスペースが非常に小さなものです。下記になります。

A4の半分にも満たない選挙広報

A4の半分にも満たない選挙広報

この限られたスペースで、政策を展開すること、また人格を紹介することは、そしてそれを全く知らない人に理解してもらう事は簡単なことではありません。その人がどういう理由で立候補に至ったのか、政策を掲げる背景、将来的ビジョン、選挙期間中の活動スタンスなど、思うところ等々を個々人の裁量で展開できる文書、あるいは場所(ネット上でもいいと思います)があってもよいのではないかと思います。

味気ない字で「ストリートライブの自由を」「屋台の出せる街づくり」「劇場の使用料を安く」と書くだけでなく、なぜ音楽をしていて、なぜストリートライブにいきついて、なぜストリートライブがあった方がいいのか、音楽にかける熱い情熱などの情報があった方が賛否の幅も劇的に広くなると思います。A4の半分にも満たない選挙広報では伝えられない、候補者の半生、政策の優劣などがわかることで、街は今よりも選挙に関心が持てるようになるかもしれません。

 

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以上、選挙に立候補させてもらって選挙期間中に感じたことのいくつかをつらつらと記しましたが、こういったことを書いた理由として投票率の低さがあります。豊島区の投票率は毎回4割ほどです。しかし、これは逆説的に見るならば投票率が8割9割になったら、街のあり方がダイナミックに変わっていく可能性を含んでいます。

しかし、どうすれば投票率が上がるのか、というのはなかなか解決が難しい問題です。

個人的には「投票に行ってくださいor投票に行こう」と呼びかけるのは、ピーマンが嫌いな子どもに「ピーマンも食べないと駄目」と言っているのと同様に、これだけでは現状を変えていくのは難しいと思います。ピーマンを小さく切ってお肉の中に紛れさせたり、あるいはピーマンの美味しさがわかるまで待つなど、といった別の態度が必要になります。

 

現状の選挙活動のあり方は、個人的にはあまり良いものだとは思いません。選挙カーで名前を連呼するのみで、誰がどういう政策なのかも、どういう人格なのかもわかりにくいです。

しかし、それでも選挙の中には街の景色を変えるような、街を政治的にするような可能性が内在されていると思います。この可能性を少しずつでも表していくことは、不可能ではなく、また重要なことなのではないかということ、選挙期間中に感じました。

菅谷圭祐 について

菅谷です、三十路です。 連絡先 09075254766 sugayakeisuke@gmail.com
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