助け合い結婚に決起しよう!!

 

働いているリサイクルショップ落穂拾で書いた文章です。

 

落穂通信2.4
「婚活をしよう!」(副店長)

 

久々、副店長です。
突然ですが私は切実に結婚がしたいです! そして周りのみんなもどんどん結婚すればいいのにーと思っています。結婚、というとよく「年収●●円以上ないと無理、不安」という条件が出ますが、僕にはこれが今いちわからない(だからこそ現代社会で結婚できていないのかもしれませんが笑)。助け合うことができれば、一人で生きるよりも二人で生きる方が豊かになるに決まっているじゃないか。「あなたは何々ができて、自分は何々ができる」と協力すれば、年収云々関係なく今よりもあらゆる面において良い生活を送れる。現に、私は結婚以外ではこういったスタンスで豊かに生活できていて、これをもっと推奨していきたいし結婚もそうなってほしい。

現在、日本では3組に1組の夫婦が離婚していると言われています。潜在的に「離婚したい!」と思っているけれど、諸所の事情からしていない、できない夫婦を入れれば、悲惨な結婚生活はもっと増える。余談ですが、私の家もそういう感じでした。幸せでない結婚生活を送っている夫婦がこんなにもいるのです! これは行き過ぎた恋愛重視が大きな理由のひとつだと思っていて、「好きだ」「あなただけを愛している」で結婚しても大体は上手くいかない。大多数の人間の感情なんて、割かしすぐに移ろいで行くのです。

年収もダメ、愛や恋もダメ、じゃあ何があるのかというと、ここでは結婚の視点を変えて「助け合い結婚」を提案したい。もちろん嫌いな人、苦手な人とは無理ですが、こいつだったら悪くないかなーという人と、「お互いこういう所を助け合っていこうよ」と人生のタッグを組む。例えばそういう夫婦と別の助け合い夫婦(仮に和田夫婦)がいたら、「私たち夫婦は○○がないから、和田さん夫婦のところで助けてくれー」と助け合いの輪が広がる。一人で生きていたのが二人になってさらに四人に! もっともっと増える可能性もあり! 「年収●●円に満たないから結婚できない」とか、感情が冷めて離婚するというのより希望を感じませんか?

子供の教育費用どうするんだ?と聞かれそうですが、これは落穂拾結婚推進チーム調べによると、そんなに望外な費用がかかるわけでない。「子育てするお金がなくて不安な方へ。産まれて3年間の収入と支出を比較したらプラスだった!」といった記事もあります。もちろん全くお金も苦労もかけずに子供を育てるなんて甘いことはないけれど、2人の大人(あるいはもっと大勢が)が助け合えば決して不可能ではない。問題なのは、お金がないと結婚できない、子育てできない、お金こそ必要!と思わせている風潮だ。年収がなんだ、愛だの恋だのを乗り越えて、「助け合い結婚」に今こそ踏み出そう!

副店長 菅谷圭祐(縁談の連絡切募。 メールアドレス sugayakeisuke@gmail.com ℡090-7525-4766)

カテゴリー: 未分類 | コメントをどうぞ

2015年総括1 総論としての自殺と自由の検討

2015年、僕は27歳から28歳になった。
27歳から28歳になるまでの期間というのは僕にとって自分が死ぬことについて、これまでの全生涯において最も具体的に、より現実的に、検討する時期だった。

年末、躍動する菅谷さん。

年末、躍動する菅谷さん28歳と6ヶ月。

  

27歳は、僕がこの世に生を受けるに当たって恐らくは重要であろう人が自殺した歳であるらしい。そのことを知ったのが24歳で、その時から僕は27歳での自殺について考えを巡らすことになった。その歳に、自ら命を断つことに何かしらの重要な意味があるのではないか、その先も生きていくよりもその方が良いのではないか、27歳の自殺に込めたと思われる積極的な意味を見出すように努めた。

考える時間は、歳を重ねるごとに増えていき、2015年4月末、豊島区議会議員選挙に落選したあたりから、それは僕にとって最も優先度の高い検討事項になった。そこから28歳までの約2ヶ月間、ご飯を食べていても、仕事をしていても、もしくは別の何かを考えている最中でも、頭のなかには常にそれがあった。

しかし、僕は28歳になってしまった。

自殺を放棄したとか、生きることを選択したというボジティブな理由ではなく、時間に押し出されるように28歳を迎えてしまったという方が感覚的には近い。2015年6月23日火曜日、27歳までと変わらず僕は介助の仕事へと向かった。そして28歳という年齢も、これまでの他の年齢と同じように少しずつ僕の中に染みこんでいくことになった。

現在、自殺は僕の中では自分が取れうる行動の一つという場所に落ち着いている。ご飯を食べる、仕事をする、あるいは選挙に出るために借金をする、網走まで旅に出るなど、こういったものと同じく自分が取ることのできる行動の一つ。僕の中において、自殺は24歳から27歳までとは明らかに違う場所に収まった。

僕は2015年の半分を27歳として、残りの半分を「新しい」28歳として過ごした。そして、そこにはいくつかの総括がある。

  
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  

28歳、僕はいくつかの、恐らくは根底においては全てつながっているであろう問題について、総括し、方針を立て、行動をしなければならないと思うようになった。具体的には、選挙で敗北したこと、3年間続けたりべるたんが行き詰まっていて今後それはさらに加速するように(僕には)見えること、種々の人間関係により僕の人格に欠落が発見されたこと、こういったことの根底で共通しているものを見つけ出し、総括する作業を始めた。それをしなければならないのだと強い思いを抱いた。

僕は生物としては自殺はしなかったものの、これまでの自分をある部分において殺す作業を積極的に進めることとなった。その作業は時に僕を奈落の底まで絶望させ、時に銀河の果てに届くほど高揚させるものとなっている。

総括の過程で、僕が殺しにかかるまでもなく既に僕の中からは失われてしまっているものも発見した。例えばそれは、僕にとってはささやかながらとても大切に思っているものだったりもした。
それは僕が今までの僕として生きてきたことで失われてしまったのか、あるいは別の理由で失われたのかはわからない。日常の中に当たり前にあると思っていたものをどこかで失ってしまっていた。そして、ささやかな大切なものの空白を埋められないままに、総括を進めていくこととなった。

空白は次から次へと発見された。それでも、総括を進めなければならないと思った。それなくして、僕は僕自身としては生きていけない。
このように28歳は、こうまでして生きていかなければならないのかという絶望と、こうやってでも生きていくんだという高揚が交互に訪れる、そんな歳になっている。

  
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  

28歳を半分終えた2015年末、現段階における総括の総論としてひとつのわかりやすい説明がある。

仮に今僕が死んだとする。
「ええ、菅谷さん死んだんですか。葬式はするんですか、僕行きますよ」、多分こんな話がいくつかの場所で展開される。恐らく多くの人は僕が死んだということにその瞬間は驚き、儀式的な美しさを伴った形で消費してくれる、それはとても素敵な余暇の充実の一つとなる。しかし、僕が死んだことに対する消費行動をある程度終えたあと、例えば死後3年たったあとに花を添えてくれるのは恐らくは家族しかいない。

これは一つの例であって、別に花を添えてほしいとか、添えるべきだという話をしたいのではない。また僕自身としては花を添えられようが、添えられなかろうがそんなことはどうだっていい。ここで言いたいのは、死んだ後に自分の全てがどこに収まるのか考えるのは一つの尺度として有効なのではないかということである。僕の死は、僕の全存在と行為全ては、関係性は、運動は、ほぼ全てが消費社会の中に、少しだけが血縁に収斂される。結局のところ、消費社会の継続を支えるちっぽけな一部と血縁にしか収まらないのである。

一時が万事なのだが、例えば先の選挙に置き換えるとこのような見方ができる。
「菅谷さん、応援してますよ」と友人が、あるいは同志が言う。しかし、これはあくまで言葉でしかない。選挙に勝つ人間、勝つ組織の応援では、金を出す、選挙区に住む、あるいは投票権のある人間に対してポスティング、電話がけ等で投票へ働きかける、こういったことが行われている。そこでは実際の何かしらの力が応援と呼ばれる。

人や団体により応援を支える思想は異なるのだろう。しかし、その思想には僕や僕達よりも確かな力がある。どのような人や団体であっても、それは僕達よりも遥かに強固な意志を持って遂行されている。そして、一時が万事でこれまでの菅谷という自己を延長した先には同様の困難が待ち受けている。

※ 大事なことなので断りを入れると、選挙の例において全ての人が上記のような態度であったわけではない。僕は選挙で実際の力を貸してくれた多くの人に深く感謝しているここでの話は、僕の中に選挙で負けるべくして負ける思想があったという総括になる。

  
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  

今、あるいはこれまで、僕が、僕達が信じてきた思想とは何なのだろうか。
僕たちは、多かれ少なかれ、好き勝手自由に生きる、ダメでも働かないで自由に生きる、こういった思想の延長線上に身を置いて生きてきたのではないかと思う。この自由に、世の中を変える熱量が含有され、革命後の世界があるのではないかと考えてきた。自由を熱狂的に支持してきた。

しかし、現在僕にはこの思想の先に見えるのは革命後の世界ではなく、沢山の、非常に多くの屍である。革命後の世界に到達できるのは、この思想を正しく読み取る、一定の能力を持つという条件を満たす個人のみであるが、大抵の個人はこの条件を満たせない。そのため大勢は支配的な思想に回収される。一部の者がメディアや何かを媒介にして見せてくれる革命後の世界を遠くから見てあたかも自分もその一部になったかのように、自由を高らかに掲げて「余暇の充実」を一生懸命に行う。日常は早く過ぎ去るのを待つだけの時間となる。苦しくて辛くて孤独で、誰も花を添えてくれない個人の自由を、個人の日常をばらばらに生きていく。

現在熱狂的に支持されている自由が何に依拠しているのかというと、組織の否定的な立場からの批判(ときに感情的な拒絶)である。一般的には家族や会社を、活動家の場合は既存の左翼を批判・否定し、その先に導き出されると想定される自由を支持する。組織の否定的な立場からの批判の過程で、責任や意思や、あるいは使命といったものは放棄されてしまった。その結果として、約束されたはずの自由も革命後の世界も実現困難なものとなっている。

あまり自分の現場から離れたことを述べるのは好きではないが、この問題をもう少し拡大するとこのような考えもできる。
今年国会前における反安保のデモ・集会が盛り上がった。この運動において、参加者の大半がどこにも属さず、自分の意志で抗議行動に参加していると見られていることが非常に好意的に捉えられていた。しかし、これは手放しに喜べて、権力の暴走を止める力を内包するものなのだろうか? 比喩的にも、具体的にも、生きるための武器も備蓄もオルタナティブな共同体も何も持たない剥き出しの自由な個々人が、1日の数時間だけ「個人の自由な意思」で集って後は別々の日常に帰っていく。これは「権力の暴走」を意識的に遂行しているであろう非常に強固な組織よりも力を持てるのだろうか。

あるいは、これまで熱狂的に支持されてきた自由は負けたのではないだろうか?

今後、僕は組織を肯定的な立場から批判を進めようと思う。その試みの中で進めなければならないのは、日常(具体的には労働か、家庭と言われるもの)を革命することである。一部の限られた人だけの日常でも、その他大勢への余暇の提供でもない、共に働き、共に住み、共にご飯を食べる、共に生きていく。この試みを肯定的に組織を批判する立場で実践していく。
そして、その先に今よりも豊かで、今よりも自由な革命後の世界を目指す(最もここで考えられる「自由」というのは、恐らくは今希求されている自由とは違うものとなるだろうと思う)。別々でバラバラでその中の一部が、見せてくれる世界に酔ってはいけない。望む者全員が参加できる、団結できる、そして人を豊かに自由にする、こういった試みを進めたい。

  

27歳、僕は自殺しなかった。以降、しばらくは自殺について積極的に検討することはないと思う。とはいえ、望もうが望むまいが、死は近づいてくるし、僕はそれを恐らくは一般的なレベルよりも強く意識している。
自分の生命を何に賭けるのか、今後どれだけの僕の中の大切なものの喪失を見つけたとしても、僕はこちら側に賭けて生きていく。そしてささやかな大切なものたちが、もう一度戻ってくるのではないかと願いながら生きていく。

この前りべるたんの現代表と副代表には「幻聴じゃないですか」と言われたけれど、僕には時代が変わる音が聞こえている。歴史は進みつつあり、僕は歴史を進める側の一部として生きて死にたい。

(これを総論として時間あれば各論書きます(><))

カテゴリー: 全力報告 | コメントをどうぞ

11.21映画「素人の乱」上映会のお知らせ

こんにちは、日々同志から文章が劣化したと批判され自信を失う28歳の菅谷です。

今回は映画上映会のお知らせだ!

今回は映画上映会のお知らせだ!

 

芸術の秋、11月21日に上映会を開催します。上映作品は、ずばり『素人の乱』! 今や知らぬ者はほぼいない素人の乱の2006年から2007年の活動を追ったドキュメンタリー映画です。映画の解説はこちら

 

―――――――――――――――

素人の乱は、僕が学生時代に心を射抜かれるようにグググッときていたムーブメントで、本も読んだしデモにも行った。高円寺に行くたびに、高円寺で何かあると聞くたびに何かが起こるんじゃないかというワクワクした気持ちになった。当時、少なくとも僕にとっては暗くて怖くて近寄りたくなくて出来るだけ関わりたくないものだったデモや活動家のイメージを革命的に変えた。
多分、僕たち世代で学生運動をした大体の人は、大なり小なり、素人の乱の、そして首謀者である松本哉さんの影響を受けていると思う。

学生時代に強く影響を受けたムーブメントが、今どのように見えるのか。これからどんなことができるのか。
映画を見てこれからを模索していきましょう。

ドキュメンタリー映画「素人の乱」
11月21日19時半~「たまにはTSUKIでも眺めましょ」にて
池袋西口から徒歩10分くらい! お店はこちら 
1000円 食べ物飲み物持ち込み自由

カテゴリー: 全力報告 | コメントをどうぞ

リサイクルショップと「自分らしく生きる」の向こう側の模索

最近、同志からお声かけ頂き、リサイクルショップの副店長に就任した。

 

落選から二ヶ月、方針を模索する菅谷さん。

 

前々回に「シェアハウスりべるたんは3周年迎えたけれど、現状のままではだめだ!僕は28歳で労働者なんだ!」という、さっくり言うとそういう内容の記事を書いた。リサイクルショップの試みはこの問題意識の延長線上になる。とは言っても、記事にも書いた通り「30歳までに何とかできればいいな」位の気持ちでいたので、ほんの二か月ほどで問題意識に対して、正面から取り組めるようになったことは結構な驚きがある。人生って美しいなと思う。

ただ、こういった取り組みをしていて思う事がある。
労働というのは同世代あるいは左翼っぽい業界でつくづく人気がない。「何を真面目に労働者してるんですか」と1995年以降に世に根付いた「働かないで生きる系」から疑問に思われることや、土日やたまの休みにデモや集会に行く人から、そんな事は活動的でも革命的でもない、と思われたりもする。

 

これは僕にとっては結構難しい問題だ。

僕は年に数回、国会前やらどこかの広場に数万人規模の人が集まっても、「それだけ」では世の中は変わらないと思っている。重要なのは年に数度の集会やデモでなく、日常であり、日常とは何かと言うとその大部分を占めるのは労働になる。労働=日常のあり方を活動的にしなければ、世の中は変わりえない。しかし、現在世の中で活動家と思われている人種の大半は労働を活動の場としておらず、休日にデモや集会に行くことこそ、小難しい本を読んで小難しい話を共通の言語を持つ仲間内で議論することこそ活動的であり革命的であると思っている。そして、それ以外の社会のあり方に違和感のある層は、労働からできるだけ距離をとろうとしている。

現状、「労働者として生きよう」と主張することは非常に劣勢である。
同世代を見ると労働が人気がないのは、「働かないで生きる系」の思想の影響が強いのだろうと思う。1995年以降、「働かないで生きる」「ただで生きる」「自分らしく生きる」系の思想が世を跋扈した。20年たった今、同世代の大半はこういった思想が大好きだ。

こういった思想は、20年前は救済や新しい可能性だっただろうし、現に20年たった今でも、適応能力の高い個人の生活を幸福なものに変革している。しかし、この思想はなかなか個人の幸福・不幸という枠を超えられない。社会を射程にした変革には繋がりがたい。

個人の適応力に左右される以上は、挫折・失敗した個人の屍も生む。現在、僕が最も難しいと思うのはこの点だ。「働かないで生きれなかった」「ただで生きれなかった」「自分らしく生きれなかった」人たちは、今後どうなるのか、あるいは今現在どんな生活を強いられているのか。僕はこういった個人の生活を幸福なものとは僕は思えない。
そして、恐らく今後「自分らしく生きる」という思想は救済の数よりも多い屍を生むことになると思う。

落選から半年、ご縁があり方針を実践に移せた菅谷さん。

 

繰り返しになるが労働者方針は現状人気がない。

しかし、日常において労働に取って変わるものは人類史の中で発見できていないように僕には見えるし(もしも取って代わるものがあるならば教えてほしい)、その労働において僕に発見できている方針は「労働組合に入る」か「自分たちで仕事を作る」のいずれかである(こちらも同様に他の方針があるならば教えてほしい)。
この内、僕は自分の性分と、また現状の可能性を鑑みて「自分たちで仕事を作る」という方針を試みたい。

ここまで何度も「人気がない」「芳しくない」と書きつつも、個人的には非常に楽しい毎日を送っている。労働(活動)の中で生まれる交流や得られる知識は、個人的には展望を感じられる。そして、人気がないということは展望が開けるときは大きく開けることになるので、僕としては地球上に数人しかいない豊島区人柱派の同志と一緒に引き続き頑張っていきたい。

 

ちょっとだけお店の宣伝、こういった思いでお店をやっています。
お店のツイッターアカウント→リサイクルショップ落穂拾

当店の落穂拾(ラクスイシュウ)という店名は、ミレーの絵画が由来となっています。当時、落ちた穂を土地の所有者は取ってはならず分け与えなければならないという風習がありました。ミレーの絵画では、まさに落穂が分け当たえられるその瞬間が描かれています。
現代において、ミレーの落穂拾に描かれた精神は軽視され、時には蔑まれ不要なことであるように思われています。市場には新しい商品が溢れ、「落穂」をどんどんと作るように煽られ、その落穂を分け与える精神も希薄です。

当店は現代の落穂の一つである家電家具衣類等の生活に必要なものを、拾い、分け与えるきっかけとなるお店を目指そうという思いから、落穂拾という店名を付けました。皆様にとって、素敵な「落穂」との出会いの場となるよう精進していきます。

カテゴリー: 全力報告 | コメントをどうぞ

10.24 餃子パーティーのお知らせ!!!

ご無沙汰しています、菅谷です。

秋と言ったら餃子! 餃子と言ったら秋!!

秋と言ったら餃子! 餃子と言ったら秋!!

ツイッターの方では時々ふれていますが最近同志と一緒に豊島区は千早にてリサイクルショップをやっております。普段からバタバタの菅谷ですが、休日という概念はなくなり、店番の日が休暇代わりというアグレッシブな日々を過ごしております。

と、そんな菅谷ですが、11月24日土曜日に餃子パーティを開催します。なんとなんと1000円食べ放題! 具材は厳選されたハナマサのお野菜お肉を使用予定!!

秋も深まる10月中旬、ちょっといっぱいやろうかなぁという人はぜひ遊びに来てください(*^o^*)

場所
たまにはTSUKIでも眺めましょ
(東京都豊島区池袋3-54-2、池袋西口から10分くらい素敵なお店です)

時間
10月24日19時くらいからまったり

料金
餃子食べ放題1000円
飲み物 厳選日本酒→人民プライスのなみなみ一杯400円
ビール→結構安めの大瓶450円
ソフトドリンク→大盤振る舞い100円
水→赤字覚悟の無料!!

カテゴリー: 全力報告 | コメントをどうぞ

24歳の居場所と30歳までの労働と生産

もう一ヶ月と少し前のことになるけれど、共同運営実験スペースりべるたんが3周年を迎えた。

豊島区は東池袋で育つ野生のトマト。土があれば農作物は育つ。

豊島区は東池袋で育つ野生のトマト。土があれば農作物は育つ。

 

りべるたんは僕たちが学生時代に創設したシェアハウス・シェアスペースだ。
大学に「自治がない」「交流がない」「自由がない」などの学生時代に抱いた大学内のまた社会の中での問題意識を元に創設した(詳しくはこちらを)。

少し思い返してみると、「りべるたんを創設しよう!」と躍起になっていたころ、僕は法政大学6年生24歳で学生として円熟期(?)に入って油が乗っていた時期だった。大学は、社会は、こんなものではない! 小さなものでも自分たちで別の世界を創造しようとメラメラと燃えていた。

恐らく24歳のころの僕に「3年後りべるたんはこんな感じになってるよ」と話すことができたら、概ね好意的に捉えることができると思う。

 

ただ、28歳のアラサーになった現在、今の年齢から何かを作るとしたら、多分僕にはもうりべるたんは作れないと思う。仮に作ったとしても多分上手く行かないと思う。

 

24歳から28歳になり、僕の生活は学生時代からそれなりに離れた場所に来た。学生が終わると次は何になるかと言うと、一般的には労働者になる。他の人が僕のことをどのように見るかわからないけれど、僕は僕自身のことを労働者だと認識している。そのためか、居場所運動全般の興味関心が労働による視点に移ってきている。

結論を先に言うと、労働(生産)の共同体を作れるのだろうか、あるいは作れないのだろうか、というのが強い関心ごとになっていて、節目の30歳が一つのその目安かなと思っている。

 

雨宮処凛さんの時代を表す一冊。

雨宮処凛さんの時代を表す一冊。

 

2015年現在、多くの労働者は生活の場所の外部に働きに出て、そこで日本円を報酬として得ることで生活している。労働で得たお金で、家賃を外部に払い、食料を外部から得ることで腹を満たし、生活に必要な家財家具を外部から揃え、残った幾ばくかを余暇にあてる。

日本の特に都市圏でごくごく一般的に営なわれている生活においては、生活のほぼ全てがお金を媒介する。そのため、お金によってしか生活の成立も維持もできないものとなっているし、上手く行っていた時代が長かったため、あたかもそれが永遠に続くもののように多くの人が思っている。

バブル崩壊、非正規雇用増加以降のトレンドのひとつである「生きさせろ」思想は、資本・権力が新たに設けた非正規雇用といった階層でも、このお金によってしか成立しない生活を「成立させろ」そして「生きさせろ」という視点が一つの大きなものなのではないかと思う。

しかし、個人的には資本・権力の要請による非正規という階層で、「生きさせろ」要望を実現するのは困難なように感じる(もちろんそういった試み自体を否定したいわけではない)。また、もう一つのトレンドである「働かないで生きる」系の潮流の一つである楽して生きる、ダラダラ生きるというのは、性に合わないようで、クタクタになるまで働きたい笑(これもまた、もちろんそういった試み自体を否定したいわけではない)。

51FHCFCHBKL._SX327_BO1,204,203,200_

それぞれ上から神長 恒一さんペペ長谷川さん・松本哉さんの著書。余談として、この分野のカリスマの方々は本のタイトルに反して相当に勤勉なのではと思う。

それぞれ上から神長 恒一さんペペ長谷川さん・松本哉さんの著書。余談として、この分野のカリスマの方々は本のタイトルに反して相当に勤勉なのではと思う。

 

石の上にも3年と言うが、3年間シェアハウス運営業をやってきた身として興味があるのが、この生存における労働と金銭のバランスを共同体内の労働(生産)によって変える事はできないだろうかということだ。それを都市で達成できないだろうか、そして、その方が楽しいのではないかということだ。

例えば、共同体内で食料を生産することで共同体内における外部からお金を使って腹を満たすということは減らせるのではないだろうか、余剰を販売して金銭を得ることができるのではないだろうか。

あるいは、共同体内で家電家具をストックすることで共同体内における家電家具の外部からの購入を減らせるのではないだろうか、余剰を販売して金銭を得ることができるのではないだろうか。

もしくは、ご近所の身体の不自由な方の生活を手助けすることで、生活全般のインフラを共有して、共に生きていけないだろうか。

こういった共同体内で労働(生産)を作ることができないだろうかと言うことを延々と考えている。考えているというか、最近僕は炎の60時間労働に勤しんでおり、これはもちろん選挙落選の借金返済のためということもあるが、「共同体内で労働(生産)」ということを達成できるかの身体的訓練・身体的実験のためでもある。

 

りべるたんという場所は、上記に書いた外部への支払いという面において、家賃を共同によって相当程度で軽減することができる場所だ。ただ、労働(生産)があるかというと現状そうではないと思う。個人的には今後りべるたんでできればいいなと思うけれど、身体的訓練を得た上で、この点についてはまだどうすればいいのか回答が出せない。

回答が出せない理由の大きなものとして労働(生産)の閉鎖性がある。
りべるたんを始めとしたフリースペースは基本的に誰がいてもいい場所として規定されている。しかし労働(生産)の場合が誰がいてもいいわけではない。時間などの約束を守る、目的達成のために動く、ときには不条理に思える負荷にも逃げずに耐えるといった最低限のハードルが多くの場合はある。

これらはフリースペースとは非常に相性が悪い。現在、シェアハウス・シェアスペースは大流行していて、社会の中で上手く立ち回れない若者に居場所と承認を与えるのに一役買っている。

しかし、20代・30代・40代と変化していく生活や身体や要望にシェアハウスが答えられるのかというと、僕はかなり懐疑的だ。一時期、他のシェアハウスの代表格の方に会うたびに、この懐疑の疑問を投げかけていた時期があったが、多くの方はシェアハウスは人生における通過点と捉えているようだった。労働(生産)をシェアハウスという共同体で試みる可能性は低いようであった。

繰り返しになるが、非正規雇用の増大により昔のように、個々人の生存やら承認やら幸せやらをほぼ過不足なく満たしてくれる仕事は激減している。
そのためシェアハウスが少し年齢のレンジの広くなった学生寮のようなもの、モラトリアムの延長としてしか存在しないのであれば、それは現在の社会におけるその場しのぎまでにしかならない。あるいはいずれは、偽りの承認と表面的な交流が延々と繰り返される場所になってしまう(余談になるけれど、だからこそ芸術を「生産」している渋家は僕はすごいと思う)。

恐らくりべるたん創設に躍起になっている24歳の僕にこういった問題意識を話しても、理解してもらえない。これは僕にとっては28歳の興味関心であり考え事であり悩み事になる。

30歳になるころには概ね好意的に捉えることが出来るようなものを作りだせればいいなと思う。

カテゴリー: 考え事 | コメントをどうぞ

8月のいろいろなお知らせ

皆様お久しぶりです。
現在、私は選挙の借金返済のために日夜頑張っているのですが、8月に何度か人前に出させていただける機会がありそうなので、お知らせいたします。皆様ぜひぜひ遊びにきてください。

すくすく育つ8月!!

すくすく育つ8月!!

 

1 アジア太平洋緑の党(APGF)大会報告会 in 豊島(8月9日)
僕の選挙を支援してくれた緑の党さんが、豊島区にて報告会を開催します。

緑の党さんとは、昨年11月に緑の党さんが開催していた選挙スクールに参加したことがきっかけになり、以降推薦を頂くなどお世話になりました。全くのずぶの素人であり、突然スクールに訪れた私のような人間を快く支援してくださりました。

本会では、6/12~14にかけて世界90以上の国や地域で活動する緑の党が集い開催されたアジア太平洋地域の報告になります。
「緑の党って何?」ということや「日本の緑の党に求められるものや可能性」も話されるそうです。僕も運営の一人として、勉強もかねて参加させていただこうと思います。

会場は「organic bar たまにはTSUKIでも眺めましょ」という豊島区内の素敵なバーです。ふらっと遊びに来る感覚でぜひお越しください。

◆8/9(日)12:00~14:00
◆会 場:organic bar たまにはTSUKIでも眺めましょ
     JR池袋駅西口より徒歩12~13分
◆報 告:村松まさみさん(緑の党国際部、前小平市議)
◆参加費:500円(ソフトドリンク付き)
◆主 催:緑の党東京都本部・豊島チーム 090-7525-4766(すがや)

 

2 <2015>統一地方選落選者に聞く「僕たちが出馬した理由、負けた理由」(8月9日)
同じく8月9日の夜、こちらはお昼とは打って変わりドロッと熱いイベントとなります。僕の選挙同志の世田谷区の岩井ゆうき君と「敗因とその後」について語り合います。

先日岩井君とは新宿で一緒にパスタを食べながら選挙トークをしたのですが、落選についてはお互いかなり並々ならぬ思いがあります。
なかなか聞けないドロッとした話を展開できるのではないかと思います。

司会:増井真琴
日時:8月9日(日)18:00~
場所:りべるたん(豊島区東池袋5-27-13)
参加費:500円

 

3 緊急飲み会「ギリシャVSりべるたん」(8月22日)
岩井君とのイベントの会場でもある共同運営実験スペースりべるたんが現在、財政破綻危機となっています。

こちらは特に難しいことではなく、パーティをやってカンパ集めと支援者・賛同者を募ろうという作戦になります。
りべるたんにちょっとでも興味あるという方はこの日がおススメです!

日時:8月22日(土)18:00~
場所:りべるたん(豊島区東池袋5-27-13)
費用:1000円

※持ち込み・カンパ大歓迎!

————————–

以上です。
28歳の夏も丁寧に冷静に全力でまい進しようと思います。

カテゴリー: 生存報告 | コメントをどうぞ