11.21映画「素人の乱」上映会のお知らせ

こんにちは、日々同志から文章が劣化したと批判され自信を失う28歳の菅谷です。

今回は映画上映会のお知らせだ!

今回は映画上映会のお知らせだ!

 

芸術の秋、11月21日に上映会を開催します。上映作品は、ずばり『素人の乱』! 今や知らぬ者はほぼいない素人の乱の2006年から2007年の活動を追ったドキュメンタリー映画です。映画の解説はこちら

 

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素人の乱は、僕が学生時代に心を射抜かれるようにグググッときていたムーブメントで、本も読んだしデモにも行った。高円寺に行くたびに、高円寺で何かあると聞くたびに何かが起こるんじゃないかというワクワクした気持ちになった。当時、少なくとも僕にとっては暗くて怖くて近寄りたくなくて出来るだけ関わりたくないものだったデモや活動家のイメージを革命的に変えた。
多分、僕たち世代で学生運動をした大体の人は、大なり小なり、素人の乱の、そして首謀者である松本哉さんの影響を受けていると思う。

学生時代に強く影響を受けたムーブメントが、今どのように見えるのか。これからどんなことができるのか。
映画を見てこれからを模索していきましょう。

ドキュメンタリー映画「素人の乱」
11月21日19時半~「たまにはTSUKIでも眺めましょ」にて
池袋西口から徒歩10分くらい! お店はこちら 
1000円 食べ物飲み物持ち込み自由

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リサイクルショップと「自分らしく生きる」の向こう側の模索

最近、同志からお声かけ頂き、リサイクルショップの副店長に就任した。

 

落選から二ヶ月、方針を模索する菅谷さん。

 

前々回に「シェアハウスりべるたんは3周年迎えたけれど、現状のままではだめだ!僕は28歳で労働者なんだ!」という、さっくり言うとそういう内容の記事を書いた。リサイクルショップの試みはこの問題意識の延長線上になる。とは言っても、記事にも書いた通り「30歳までに何とかできればいいな」位の気持ちでいたので、ほんの二か月ほどで問題意識に対して、正面から取り組めるようになったことは結構な驚きがある。人生って美しいなと思う。

ただ、こういった取り組みをしていて思う事がある。
労働というのは同世代あるいは左翼っぽい業界でつくづく人気がない。「何を真面目に労働者してるんですか」と1995年以降に世に根付いた「働かないで生きる系」から疑問に思われることや、土日やたまの休みにデモや集会に行く人から、そんな事は活動的でも革命的でもない、と思われたりもする。

 

これは僕にとっては結構難しい問題だ。

僕は年に数回、国会前やらどこかの広場に数万人規模の人が集まっても、「それだけ」では世の中は変わらないと思っている。重要なのは年に数度の集会やデモでなく、日常であり、日常とは何かと言うとその大部分を占めるのは労働になる。労働=日常のあり方を活動的にしなければ、世の中は変わりえない。しかし、現在世の中で活動家と思われている人種の大半は労働を活動の場としておらず、休日にデモや集会に行くことこそ、小難しい本を読んで小難しい話を共通の言語を持つ仲間内で議論することこそ活動的であり革命的であると思っている。そして、それ以外の社会のあり方に違和感のある層は、労働からできるだけ距離をとろうとしている。

現状、「労働者として生きよう」と主張することは非常に劣勢である。
同世代を見ると労働が人気がないのは、「働かないで生きる系」の思想の影響が強いのだろうと思う。1995年以降、「働かないで生きる」「ただで生きる」「自分らしく生きる」系の思想が世を跋扈した。20年たった今、同世代の大半はこういった思想が大好きだ。

こういった思想は、20年前は救済や新しい可能性だっただろうし、現に20年たった今でも、適応能力の高い個人の生活を幸福なものに変革している。しかし、この思想はなかなか個人の幸福・不幸という枠を超えられない。社会を射程にした変革には繋がりがたい。

個人の適応力に左右される以上は、挫折・失敗した個人の屍も生む。現在、僕が最も難しいと思うのはこの点だ。「働かないで生きれなかった」「ただで生きれなかった」「自分らしく生きれなかった」人たちは、今後どうなるのか、あるいは今現在どんな生活を強いられているのか。僕はこういった個人の生活を幸福なものとは僕は思えない。
そして、恐らく今後「自分らしく生きる」という思想は救済の数よりも多い屍を生むことになると思う。

落選から半年、ご縁があり方針を実践に移せた菅谷さん。

 

繰り返しになるが労働者方針は現状人気がない。

しかし、日常において労働に取って変わるものは人類史の中で発見できていないように僕には見えるし(もしも取って代わるものがあるならば教えてほしい)、その労働において僕に発見できている方針は「労働組合に入る」か「自分たちで仕事を作る」のいずれかである(こちらも同様に他の方針があるならば教えてほしい)。
この内、僕は自分の性分と、また現状の可能性を鑑みて「自分たちで仕事を作る」という方針を試みたい。

ここまで何度も「人気がない」「芳しくない」と書きつつも、個人的には非常に楽しい毎日を送っている。労働(活動)の中で生まれる交流や得られる知識は、個人的には展望を感じられる。そして、人気がないということは展望が開けるときは大きく開けることになるので、僕としては地球上に数人しかいない豊島区人柱派の同志と一緒に引き続き頑張っていきたい。

 

ちょっとだけお店の宣伝、こういった思いでお店をやっています。
お店のツイッターアカウント→リサイクルショップ落穂拾

当店の落穂拾(ラクスイシュウ)という店名は、ミレーの絵画が由来となっています。当時、落ちた穂を土地の所有者は取ってはならず分け与えなければならないという風習がありました。ミレーの絵画では、まさに落穂が分け当たえられるその瞬間が描かれています。
現代において、ミレーの落穂拾に描かれた精神は軽視され、時には蔑まれ不要なことであるように思われています。市場には新しい商品が溢れ、「落穂」をどんどんと作るように煽られ、その落穂を分け与える精神も希薄です。

当店は現代の落穂の一つである家電家具衣類等の生活に必要なものを、拾い、分け与えるきっかけとなるお店を目指そうという思いから、落穂拾という店名を付けました。皆様にとって、素敵な「落穂」との出会いの場となるよう精進していきます。

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10.24 餃子パーティーのお知らせ!!!

ご無沙汰しています、菅谷です。

秋と言ったら餃子! 餃子と言ったら秋!!

秋と言ったら餃子! 餃子と言ったら秋!!

ツイッターの方では時々ふれていますが最近同志と一緒に豊島区は千早にてリサイクルショップをやっております。普段からバタバタの菅谷ですが、休日という概念はなくなり、店番の日が休暇代わりというアグレッシブな日々を過ごしております。

と、そんな菅谷ですが、11月24日土曜日に餃子パーティを開催します。なんとなんと1000円食べ放題! 具材は厳選されたハナマサのお野菜お肉を使用予定!!

秋も深まる10月中旬、ちょっといっぱいやろうかなぁという人はぜひ遊びに来てください(*^o^*)

場所
たまにはTSUKIでも眺めましょ
(東京都豊島区池袋3-54-2、池袋西口から10分くらい素敵なお店です)

時間
10月24日19時くらいからまったり

料金
餃子食べ放題1000円
飲み物 厳選日本酒→人民プライスのなみなみ一杯400円
ビール→結構安めの大瓶450円
ソフトドリンク→大盤振る舞い100円
水→赤字覚悟の無料!!

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24歳の居場所と30歳までの労働と生産

もう一ヶ月と少し前のことになるけれど、共同運営実験スペースりべるたんが3周年を迎えた。

豊島区は東池袋で育つ野生のトマト。土があれば農作物は育つ。

豊島区は東池袋で育つ野生のトマト。土があれば農作物は育つ。

 

りべるたんは僕たちが学生時代に創設したシェアハウス・シェアスペースだ。
大学に「自治がない」「交流がない」「自由がない」などの学生時代に抱いた大学内のまた社会の中での問題意識を元に創設した(詳しくはこちらを)。

少し思い返してみると、「りべるたんを創設しよう!」と躍起になっていたころ、僕は法政大学6年生24歳で学生として円熟期(?)に入って油が乗っていた時期だった。大学は、社会は、こんなものではない! 小さなものでも自分たちで別の世界を創造しようとメラメラと燃えていた。

恐らく24歳のころの僕に「3年後りべるたんはこんな感じになってるよ」と話すことができたら、概ね好意的に捉えることができると思う。

 

ただ、28歳のアラサーになった現在、今の年齢から何かを作るとしたら、多分僕にはもうりべるたんは作れないと思う。仮に作ったとしても多分上手く行かないと思う。

 

24歳から28歳になり、僕の生活は学生時代からそれなりに離れた場所に来た。学生が終わると次は何になるかと言うと、一般的には労働者になる。他の人が僕のことをどのように見るかわからないけれど、僕は僕自身のことを労働者だと認識している。そのためか、居場所運動全般の興味関心が労働による視点に移ってきている。

結論を先に言うと、労働(生産)の共同体を作れるのだろうか、あるいは作れないのだろうか、というのが強い関心ごとになっていて、節目の30歳が一つのその目安かなと思っている。

 

雨宮処凛さんの時代を表す一冊。

雨宮処凛さんの時代を表す一冊。

 

2015年現在、多くの労働者は生活の場所の外部に働きに出て、そこで日本円を報酬として得ることで生活している。労働で得たお金で、家賃を外部に払い、食料を外部から得ることで腹を満たし、生活に必要な家財家具を外部から揃え、残った幾ばくかを余暇にあてる。

日本の特に都市圏でごくごく一般的に営なわれている生活においては、生活のほぼ全てがお金を媒介する。そのため、お金によってしか生活の成立も維持もできないものとなっているし、上手く行っていた時代が長かったため、あたかもそれが永遠に続くもののように多くの人が思っている。

バブル崩壊、非正規雇用増加以降のトレンドのひとつである「生きさせろ」思想は、資本・権力が新たに設けた非正規雇用といった階層でも、このお金によってしか成立しない生活を「成立させろ」そして「生きさせろ」という視点が一つの大きなものなのではないかと思う。

しかし、個人的には資本・権力の要請による非正規という階層で、「生きさせろ」要望を実現するのは困難なように感じる(もちろんそういった試み自体を否定したいわけではない)。また、もう一つのトレンドである「働かないで生きる」系の潮流の一つである楽して生きる、ダラダラ生きるというのは、性に合わないようで、クタクタになるまで働きたい笑(これもまた、もちろんそういった試み自体を否定したいわけではない)。

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それぞれ上から神長 恒一さんペペ長谷川さん・松本哉さんの著書。余談として、この分野のカリスマの方々は本のタイトルに反して相当に勤勉なのではと思う。

それぞれ上から神長 恒一さんペペ長谷川さん・松本哉さんの著書。余談として、この分野のカリスマの方々は本のタイトルに反して相当に勤勉なのではと思う。

 

石の上にも3年と言うが、3年間シェアハウス運営業をやってきた身として興味があるのが、この生存における労働と金銭のバランスを共同体内の労働(生産)によって変える事はできないだろうかということだ。それを都市で達成できないだろうか、そして、その方が楽しいのではないかということだ。

例えば、共同体内で食料を生産することで共同体内における外部からお金を使って腹を満たすということは減らせるのではないだろうか、余剰を販売して金銭を得ることができるのではないだろうか。

あるいは、共同体内で家電家具をストックすることで共同体内における家電家具の外部からの購入を減らせるのではないだろうか、余剰を販売して金銭を得ることができるのではないだろうか。

もしくは、ご近所の身体の不自由な方の生活を手助けすることで、生活全般のインフラを共有して、共に生きていけないだろうか。

こういった共同体内で労働(生産)を作ることができないだろうかと言うことを延々と考えている。考えているというか、最近僕は炎の60時間労働に勤しんでおり、これはもちろん選挙落選の借金返済のためということもあるが、「共同体内で労働(生産)」ということを達成できるかの身体的訓練・身体的実験のためでもある。

 

りべるたんという場所は、上記に書いた外部への支払いという面において、家賃を共同によって相当程度で軽減することができる場所だ。ただ、労働(生産)があるかというと現状そうではないと思う。個人的には今後りべるたんでできればいいなと思うけれど、身体的訓練を得た上で、この点についてはまだどうすればいいのか回答が出せない。

回答が出せない理由の大きなものとして労働(生産)の閉鎖性がある。
りべるたんを始めとしたフリースペースは基本的に誰がいてもいい場所として規定されている。しかし労働(生産)の場合が誰がいてもいいわけではない。時間などの約束を守る、目的達成のために動く、ときには不条理に思える負荷にも逃げずに耐えるといった最低限のハードルが多くの場合はある。

これらはフリースペースとは非常に相性が悪い。現在、シェアハウス・シェアスペースは大流行していて、社会の中で上手く立ち回れない若者に居場所と承認を与えるのに一役買っている。

しかし、20代・30代・40代と変化していく生活や身体や要望にシェアハウスが答えられるのかというと、僕はかなり懐疑的だ。一時期、他のシェアハウスの代表格の方に会うたびに、この懐疑の疑問を投げかけていた時期があったが、多くの方はシェアハウスは人生における通過点と捉えているようだった。労働(生産)をシェアハウスという共同体で試みる可能性は低いようであった。

繰り返しになるが、非正規雇用の増大により昔のように、個々人の生存やら承認やら幸せやらをほぼ過不足なく満たしてくれる仕事は激減している。
そのためシェアハウスが少し年齢のレンジの広くなった学生寮のようなもの、モラトリアムの延長としてしか存在しないのであれば、それは現在の社会におけるその場しのぎまでにしかならない。あるいはいずれは、偽りの承認と表面的な交流が延々と繰り返される場所になってしまう(余談になるけれど、だからこそ芸術を「生産」している渋家は僕はすごいと思う)。

恐らくりべるたん創設に躍起になっている24歳の僕にこういった問題意識を話しても、理解してもらえない。これは僕にとっては28歳の興味関心であり考え事であり悩み事になる。

30歳になるころには概ね好意的に捉えることが出来るようなものを作りだせればいいなと思う。

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8月のいろいろなお知らせ

皆様お久しぶりです。
現在、私は選挙の借金返済のために日夜頑張っているのですが、8月に何度か人前に出させていただける機会がありそうなので、お知らせいたします。皆様ぜひぜひ遊びにきてください。

すくすく育つ8月!!

すくすく育つ8月!!

 

1 アジア太平洋緑の党(APGF)大会報告会 in 豊島(8月9日)
僕の選挙を支援してくれた緑の党さんが、豊島区にて報告会を開催します。

緑の党さんとは、昨年11月に緑の党さんが開催していた選挙スクールに参加したことがきっかけになり、以降推薦を頂くなどお世話になりました。全くのずぶの素人であり、突然スクールに訪れた私のような人間を快く支援してくださりました。

本会では、6/12~14にかけて世界90以上の国や地域で活動する緑の党が集い開催されたアジア太平洋地域の報告になります。
「緑の党って何?」ということや「日本の緑の党に求められるものや可能性」も話されるそうです。僕も運営の一人として、勉強もかねて参加させていただこうと思います。

会場は「organic bar たまにはTSUKIでも眺めましょ」という豊島区内の素敵なバーです。ふらっと遊びに来る感覚でぜひお越しください。

◆8/9(日)12:00~14:00
◆会 場:organic bar たまにはTSUKIでも眺めましょ
     JR池袋駅西口より徒歩12~13分
◆報 告:村松まさみさん(緑の党国際部、前小平市議)
◆参加費:500円(ソフトドリンク付き)
◆主 催:緑の党東京都本部・豊島チーム 090-7525-4766(すがや)

 

2 <2015>統一地方選落選者に聞く「僕たちが出馬した理由、負けた理由」(8月9日)
同じく8月9日の夜、こちらはお昼とは打って変わりドロッと熱いイベントとなります。僕の選挙同志の世田谷区の岩井ゆうき君と「敗因とその後」について語り合います。

先日岩井君とは新宿で一緒にパスタを食べながら選挙トークをしたのですが、落選についてはお互いかなり並々ならぬ思いがあります。
なかなか聞けないドロッとした話を展開できるのではないかと思います。

司会:増井真琴
日時:8月9日(日)18:00~
場所:りべるたん(豊島区東池袋5-27-13)
参加費:500円

 

3 緊急飲み会「ギリシャVSりべるたん」(8月22日)
岩井君とのイベントの会場でもある共同運営実験スペースりべるたんが現在、財政破綻危機となっています。

こちらは特に難しいことではなく、パーティをやってカンパ集めと支援者・賛同者を募ろうという作戦になります。
りべるたんにちょっとでも興味あるという方はこの日がおススメです!

日時:8月22日(土)18:00~
場所:りべるたん(豊島区東池袋5-27-13)
費用:1000円

※持ち込み・カンパ大歓迎!

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以上です。
28歳の夏も丁寧に冷静に全力でまい進しようと思います。

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安保法制と日常の政治

今回はちょっと思うところあって普段はあまり書かないことを発信しようと思います。

佳境を迎える安保法制化の議論

佳境を迎える安保法制化の議論

 
 

まず始めに安保法制化という問題に対して私は反対の立場をとります。
その前提でこちらの文章を読んでいただけますと幸いです。

 
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私は、国政レベルでの問題に対して自分はどう思うかということを不特定多数の目に止まる場所で書かないようにしています。理由はいくつかあるのですが、その中の大きな理由は政治の持つ独特の空気からきております。

私は上記のとおり、安保法制化に反対という立場を取りますが、その理由について仮に詳細を書いた場合に、起こり得る事が一点あります。安保法制化に反対という大枠において一致しているであろう人からの、(私には)些末に思える詳細な点の差異に対する追求・質問です。

政治活動の場にはこういった空気が強く蔓延しています。

 

今回の安保法制問題しかり、社会を変革するための具体的な方法を突き詰めると、私は「武力によるもの」「数(選挙)によるもの」があると考えます。

私は、社会変革の方法として「武力によるもの」を想定しているのならば「大枠において同じ考えの人であっても批判する」という態度について、大きくは異議はありません。細かな考えの違いが命取りになる可能性もあると思います。

一方、「数(選挙)によるもの」を考えているのなら基本的には「違う考えであっても支持を取りに行く」という方が効果が高いように思います。

私事ながら選挙に出させていただいた経験から、幾年にも渡って人と付き合い、「違う考えの人であっても」地域で関係を築くという努力は現在与党と呼ばれる政党の方が圧倒的に積んできたのかもしれないといくつかの政治的な場面で思うこともありました。
町内会、商店街、地域活動、学校の同窓会等々、幾年にも渡って形成されてきたものが地域にあり、地域を押さえた上で国政に人を輩出する、国政を・国家を形成していく、このような構造が一定あるのではないかと思います(もちろん全てとは言いません)。

 
 

かつて日本では、武力によって革命を目指す、またその可能性を今よりも広く感じられた時代があったのだと思います(私は自分の目で実際に見ていないので、「思う」という表現を使わせてもらいます)。

上記の通り、武力革命を目指すならば「大枠において同じ考えの人であっても批判する」という態度について、大きくは異議はありません。方針や思想を出来る限り一致させた集団を形成していくことが重要なことの一つとなると思います。

しかし、私はこの思想の一致を強度に求めることを根拠とする政治の空気が現状において政治を難しいものにしている側面があると思う瞬間があります。

若くて政治活動に関わった人は、一回り二回りあるいはそれ以上年の離れた人、もしくは他の政治団体からの攻撃を受けた経験のある人は多いのではないかと思います。『大枠においての一致がある上で』、「勉強が足りない」「考えや方針に賛同できない」という糾弾を受けることがあります。

もちろんこの全てを否定しているわけではありません。
ただ、私はこのようなことを何度か見たり経験したりした結果、このやり取りのどのような意味があるのだろうと思うことが多々ありました。インテリ風の人による知識披露大会、もしくは個別集団の利害混じりの策略など、あまり効果の感じられないことが少なからずありました。

繊細な問題なので繰り返しますが、私はその全てを否定しているわけではありません。
ただ、社会を変える方法として「数(選挙)によるもの」を考えているのだったら、あまり些細な違いを攻撃しても効果は低いと私は思っています。そして、この混在による磨耗が政治活動には多いように感じます。

 
 

私はこれまでの経緯から「何故、日本はこんなことになってしまったのか」という趣旨のことを聞かれることがあります。

私は政治というのは日々の積み重ねの結果に過ぎないと考えます。
自分の住んでいる地域にどのような問題があるのかということに向き合って改善に尽力する方がより政治的な力を持つ場合もあると思います。あるいは、たとえ小さな規模であっても理想とする社会のあり方を実現する集団を形成していく方が意義があることもあると思います。

デモや集会に行くことももちろん重要です。
ただ、自分の生きている場所で、同じ志を持つ人と共にできる活動を増やしていく。また、「仮に考えが違う人であっても」活動や人格に対して理解・賛同してもらえるような行動や言葉を持つ。こういった態度や行動をもっと多くの特に左派的な人間が選択しても良いのではないかと思います。

安保法制化の議論は佳境を迎えています。
どのようになろうとも、社会はまだ続いていきます。

その続いていく社会の中で、地味だし、時間がかかるかもしれませんが日常の政治と政治的態度がどのようにあるか、誰のために何をするのかは非常に重要なのではないかと思います。

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落選と二ヵ月半

怒涛の選挙戦が終わり約2ヶ月半が経ちました。

私事ですが先日28歳になりました。こちらは人生の先輩がプレゼントしてくれたダチョウの卵。

私事ですが先日28歳になりました。こちらは人生の先輩がプレゼントしてくれたダチョウの卵。

 
 

落選した人間が選挙後の諸活動が一通り終わったあとに何をするのかというと、多くの場合は生活の立て直しだと思います。

真面目に選挙に出ようと思う人の大半は、「選挙で勝つつもりでいる」あるいは「他の誰よりも自分が議員になるべきだと思っている」のいずれかの精神状態で選挙に臨みます。当選する気満々か当選するために人生の大部分をかけるため、落選した後の生活の準備なんてほぼしません。

かくいう僕も生活の大部分を選挙にかけていました。
「議員は落ちるとただの人」なんていう言葉もありますが、落選後の世界というものはなかなかに大変です。

復職のお願い、新しい仕事探し、場合によっては選挙で生じた借金の返済等々に向き合うことになります。「ちょっと今月キツイからお金を貸してくれ」「すみません、お借りしていたお金ですが来月からお返しできると思います」など友人や支援者の方に非常に苦しいお願いをしなければならないときもあります。フェイスブックのタイムラインなどで当選した議員さんの活動を見ていると、時折天国と地獄だなぁと自分のことながら思います。

 
 

と、落選のマイナス面をいくつか記しましたが、もちろん落選によって学ぶことも多々あります。
現在、生活の建て直しのためのお仕事や、いくつかの活動に参加させていただいたりもしていますが、こういったことの多くは当選していたら経験できていなかったかもしれないなと思います。

空き家を改修してシェアハウスにするお手伝い。

空き家を改修してシェアハウスにするお手伝い。

こちらはもっとすごくて、空き旅館を復活させるお手伝い。こういった空き家・空き店舗の有効活用が増えてほしいと微力ながら尽力します。

こちらはもっとすごくて、空き旅館を復活させるお手伝い。こういった空き家・空き店舗の有効活用が増えてほしいと微力ながら尽力します。

日本・韓国・北朝鮮が仲良くできるようにと「60万回のトライ」上映会。わずかながら司会をさせて頂きました。

日本・韓国・北朝鮮が仲良くできるようにと「60万回のトライ」上映会。わずかながら司会をさせて頂きました。

豊島区の落選者で集まって今後の準備もしています。

豊島区の落選者で集まって今後の準備もしています。

毎週金曜日の大塚おうちカフェはお陰様で大盛況。近々今よりも活動を拡大できる場所に栄転するかもです。

毎週金曜日の大塚おうちカフェはお陰様で大盛況。近々今よりも活動を拡大できる場所に栄転するかもです。

 
 

これまでの経験則として人生で上手く行っているとき・勝っているときよりも、上手く行かないとき・負けているときに共に活動していこうという人は信頼できる方が多いように感じます。落選から一歩一歩、良い縁と良い活動を拡大していきたいです。

落選というのは、なかなかビターな経験ではありますが、それなりに楽しく、また今後のことも考えつつ日々を過ごしています。少しずつ活動報告も増やしていけるのではないかと思います。

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